TORII HALLのなりたちをじっくりとひもといていきます。


ここトリイホールの楽屋はまるで旅館の一室のような和風な造り。落語や演劇など公演をご覧になるお客様には、なかなか見るコトの出来ない場所ですが、ホールをご利用いただく方には大変気に入って頂いています!そこで、まず、なぜ楽屋がこうも和風なのか?皆さんと探ってみましょう。

写真:トリイホール楽屋風景




写真:上方旅館入り口風景

トリイホールの楽屋は、この「上方旅館」の一室《ひさごの間》を移築したものです。実は、トリイホールの前身は落語家や歌舞伎役者、新派の役者などがお泊まりになる老舗旅館で、文化人として落語、歌舞伎、ボクシングと精通した「上方藤四郎」はその主人でした。


写真:上方旅館 外観及び内観風景

賑やかな千日前にあるにもかかわらず、入り口を入るとそこに落ち着いた空間がある。よく手入れされた玄関先を通り、中へ。
当時を振り返る馴染みのお客様は「うちに帰ってきたようだ」と。


写真:上方藤四郎

本名鳥居鉄三郎。市井の粋な文化人として、エッセイやボクシング評論などを執筆。果ては夕刊紙にピンクコントまで手がけた。数多く作品があるものの一冊も出版はしていない。後、トリイホールが出来た年に上方藤四郎の作品集として「浪華の夢のあとさき」が出版される。ペンネームを藤四郎(トウシロウ)、即ち素人と言い切ってしまうところに粋な生き方や人柄がうかがえる。




織田作カレー
(昭和39年9月29日 大阪新聞「ブラリ盛り場」掲載)

 千日前のもっとも千日前的体臭の濃厚な地点は、千日デパート南横の界わいであろうか。寄席・千日劇場のキップ売り場のあるところだ。むかい側に国際シネマ、国際日活がならんでいるが、いずれも戦後に新しくできた映画館である。ここもゴタゴタと飲食店が多いが、織田作之助が小説のなかに書いた自由軒という洋食屋のあるのもこの通りである。

 自由軒は、大正時代、楽天地ハナヤカなりしころからの古いシニセで、大阪の大衆洋食の草分けみたいな店である。その時分は洋食のことを西洋料理といった。カレーライスが名物で、白い無地のでっかい洋ザラに、ややコワイ目のめしをいっぱい盛り、口中がカッカッする黄味がかったカレーをタップリかけ、そのうえに地タマゴを一つ、ぽんと落としてあった。タマゴの黄身の容積も、どこの店のものよりはるかに大きく、めしのそばにきざみしょうがを惜しげなくふんだんに添えてあった。ひとサラで満腹、独特の味だった。

 いま、店の入り口に、「織田作好み・セイロン風・ドライカレー」という立て看板がでている。大阪商人のぬけ目のなさで、織田作の名をガメツク利用しているのだが、この看板にはなんとなくコッケイ感があり、憎めない。織田作が八方やぶれの生き方をしたので、そんな名をつけたのであろうが、ドライカレーとはあまりにも非文学的な名称で、故人もさだめし地下で苦笑しているにちがいない。トラは死んで皮をのこし、織田作死んでカレーライスをのこすということか。

 精華小学校の裏通りは、戦前からすし屋横丁として親しまれていたが、現在、この通りにすし屋は六軒しかない。昭和初期にはひとサラ五十銭で、"おどり"と称し生きたエビをくわせてくれた。すしをほおばると口の中でエビがぴくぴくおどるので、"おどり"というのだ。おどるアホウに見るアホウ、おなじアホウならくわねばソンソンと、三サラたいらげても一円五十銭であった。あるすし屋の店頭に、堂々とバーベキューの看板がでているのにはア然とした。一部のすし屋はすでに食堂化し、親子ドンブリまで扱うご時世だが、バーベキューには二の句がつげなかった。すしはナマモノ。江戸前(?)にぎりずしをくう横手でバーベキューをパクつかれてはどういうことになる?清元をききに行ってシャンソンが流れてきたようなものではないか。にぎりずしをくうには、にぎりずしをくうムードが必要。この営業感覚こそ、すし党の味覚神経を無視したドライ商法の最たるものだろう。

 市電停留所の北側の通り筋にはアーケードがある。アーケードのなかを秋風が吹きぬける。妙見裏の酒を売る店々は、酒のうまくなる秋の季節を待っていたのだ。

 ぼくは、山へクリをひろいに行った、少年の日のことを思い出した。無性に、クリがたべたくなった。千日前には、そのクリが年中ある。
 楽天軒で"天津甘栗"を買って帰った。
(「浪華の夢のあとさき」より)

<バックナンバー>
「赤い爪たばこのやにがしみこんで」
「酔いざめに悔いなし月の御堂筋」
「法善寺井戸涸れるほど水をまき」
「その夜からその夜のもつれ地獄まで」



ピンクコント
(昭和29年頃より、夕刊紙「新関西」に名前をもじり「心閑彩」のタイトルで長期にわたり連載。
人気のコラムであった。)



(昭和40年5月4日)

「くらべものにならん」
 ともかせぎの若い夫婦があった。ある日、サラリーマンの夫が妻の働いているマーケットの経営者に面会をもとめ、深刻な顔をして訴え出た。「家内の職場をかえていただくわけにはまいらないもんでしょうか?」「どういう理由かしらんが、あんたの奥サンはソーセージ売り場でしたな」「だから困るんです。あの売り場にはでっかいゴールド・ハムなんかも置いてあるでしょう」「それが、どうかしましたか?」「貧弱だ貧弱だって、夜ごと、ぼくをバ倒するんです」


*資料の保存状態が悪く、多少イラストが見難くなっております。

<バックナンバー>
「棒」
「バカにするな!」
「それほど長くは」


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